三浦天紗子

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  • 2023.10.09

無傷で生きていくなんて誰にもできない…公園の古びたカバの遊具がつなぐ物語 | ananweb – マガジンハウス

青山美智子さんの新刊『リカバリー・カバヒコ』は、新築分譲マンション〈アドヴァンス・ヒル〉に住まう人たちの群像劇だ。 公園の古ぼけたカバの遊具がつなぐ、傷ついた人たちの回復と絆の連鎖。 マンションそばの日の出公園には〈リカバリー・カバヒコ〉と呼ばれる古びたカバの遊具があり、その地域では「ケガや病気でつらい箇所やコンプレックスに思う何かなど、自分の治したい部分に触れると回復する」というまことしやかな噂が信じられていた。 「どこか悪くなるとみな、お医者さんにかかったり、『効く』といわれたことを試したり、いろいろしますよね。その中にはお参りするというのもある。たとえば東京・巣鴨のとげぬき地蔵は有名ですが、物質的にはお地蔵さんってただの石ですよね。なのに、信じる人も、実際に治る人もいる。真摯な願いが人や状況をどう変えるのか。そんな思いの部分を書きたいと思ったんです」 物語は、視点人物が変わる5つの連作スタイルで進む。進学した先で成績不振に悩む男子高校生の奏斗、幼稚園に通う娘のママ友グループに違和感がある紗羽、ストレスで休職中のウェディングプランナー・ちはる、駅伝がイヤで足をケガしたふりをした小学生の勇哉、老いた母親との不和に悩む50代の雑誌編集者。 「共通しているのは、うまくいっていたつもりでいたのに、変化についていけなくてつまずいたり、それまでと勝手が違って戸惑ったり、ある地点で足踏みしている人たちだということ。無傷で生きていくなんて誰にもできないからこそ、そのときにカバヒコみたいな存在は必要だろうなと。悩みを聞き出そうと水を向けたりしないし、アドバイスもくれない。けれど、カバヒコにあれこれ打ち明けるうちに、結局は自分自身で折り合いをつけていかなくてはいけないことに気づく。私の小説には狂言回し的な存在がよく登場するのですが、カバヒコくらい何もしないキーパーソンって初めてかも」 実際、塗装もはげていてどこかとぼけた表情のこの遊具は、登場人物から頼りにされる。読者にとっても、どんどん愛おしくなってくる。 「裏テーマのひとつが“触れる”です。コロナ禍の数年、身体接触はタブーでしたが、触れることでもらえるエネルギーやパワーは侮れないと思うんですよね。この本も多くの人に読んでもらって、たくさん撫でてもらえたらうれしいですね(笑)」 あおやま・みちこ 作家。1970年生まれ、愛知県出身。2017年、『木曜日にはココアを』で小説家デビュー。『お探し物は図書室まで』『赤と青とエスキース』が2年連続で本屋大賞2位に。著書多数。 『リカバリー・カバヒコ』 既出作との人物&設定リンクあり。『赤と青とエスキース』に続き、本書にも登場したマンガ「ブラック・マンホール」はコミック化が進行中。光文社 1760円 ※『anan』2023年10月11日号より。インタビュー、文・三浦天紗子 (by anan編集部) https://ananweb.jp/news/508777/ Source: ananweb

  • 2023.09.12

平安時代にタイムスリップ、男女逆転ラブコメ展開に!? 小ネタにも注目の『平家物語夜異聞』 | ananweb – マガジンハウス

幼い頃から同じ屋根の下で暮らし、成長した双樹沙羅(ふたき・さら)と春野夜(はるの・よる)。16歳になったあるとき、二人は平安時代にタイムスリップ。夜は天皇家との外戚関係を望む平清盛のもとで平徳子として、沙羅は奥州・藤原氏の家で源義経として過ごすことに。突如、仇敵同士になってしまった二人の運命は…。そんなユニークな設定で進む黒崎冬子さんの『平家物語夜異聞(へいけものがたりよるくんのはなし)』は、原書に忠実、かつ随所に笑いをちりばめた傑作ラブコメだ。 「特に深い意味もなく、歩いているときに『源義経が女の子だったら可愛いだろうな』というアイデアがふと浮かんで。平家物語も、中学時代に、“滅びの文学”として教わってからずっと気になっていました」 宝塚のファンだという黒崎さんは男女逆転のお話も好物。かくて、世話好きで心優しい夜と暴れん坊なかまってちゃんの沙羅とが“家”に翻弄され、物語が進んでいく。 「平家は、平家物語の中ではわりに悪者として描かれているのですが、調べてみると家族仲や兄弟仲がよくて、宮中の女房たちにもとても優しかったとか。エピソードがいろいろ残っているんですよね。一方、源氏は、頼朝も頼朝の父親も兄弟で殺し合うんです。血を分けた者同士が疑心暗鬼になり家が途絶えるのは、平家とはあまりに対照的。史実をなぞりつつ、血のつながりだけが幸せではないと伝えたかったし、夜くんのような他人が平家の人と心を通わせ家族のようになっていく新しい家族像も描けたらいいなと思いました」 終盤、本書を「異聞」とするにふさわしい仕掛けが用意されている。とりわけ、平家滅亡のその先と沙羅の成長はうれしいサプライズだ。 「いまは変わりましたが、私も20代頃は良妻賢母的な生き方こそ女の幸せだと思い込んでいて、そのくせそれが息苦しかったんです。なので本作でも、夜くんが沙羅ちゃんを“幸せにしてあげる”ような形にはしたくなかった。沙羅の決断を見届けてほしいです」 登場するあまたの平安貴族と武士たちのモダンミックスなファッションも注目ポイントだ。沙羅が馬の代わりにバイクを乗り回したり、BL要素が織り込まれていたり、エンターテインメント性はバッチリ。 「宝塚の舞台では、平安時代の人が膝丈のレザーのブーツを履いて出てきたりしますし、マンガ的なセンスと歴史をミックスさせた舞台も多い、劇団新感線の影響も受けているかもしれません」 黒崎冬子『平家物語夜異聞(へいけものがたりよるくんのはなし)』3 原作はシリアスな歴史モノだが、本書はコマの隅々にまで描き込まれた小ネタ、ハイテンションなギャグがぎっしり! 現代的なキャラデザも魅力。全3巻。KADOKAWA 880円 ©黒崎冬子/KADOKAWA くろさき・ふゆこ マンガ家。2019年2月に読み切りでデビュー。他の著作に4コマねこマンガ『トラと陽子』、ラブコメ『無敵の未来大作戦』がある。 ※『anan』2023年9月13日号より。写真・中島慶子 インタビュー、文・三浦天紗子 (by anan編集部) https://ananweb.jp/news/504216/ Source: ananweb

  • 2023.09.12

手の移植を介して初めて感じ取ったものとは…現役医師・朝比奈秋による最新小説 | ananweb – マガジンハウス

ハンガリーの大都市デブレツェンの病院で働く看護師のアサト。骨肉腫との診断で左手の切断手術を受けたが、のちに誤診であったとわかる。その病院には、手の移植手術の権威ゾルタン医師がいて、労働者階級のポーランド人の手の移植をした。だが、接合された左手には、消えない違和感と強烈な拒絶反応が起こり…。本書は、あまたの読書家から熱い視線を浴びる朝比奈秋さんの最新刊だ。 「手の移植をしたニュースを何かで見て衝撃を受けたんです。手の移植は世界的に見ても稀な手術で、そもそも教科書にも載っていない。前後してクリミア併合が起きて、領土が行ったり来たりするというのはどういうことなのかと、興味を持ちました。小さな院内で他人の手が意思に反してくっつけられる、個人のこぢんまりした話が、領土が勝手に分断されたり併合されたりする大きな問題と自然と結びつきました」 アサトは日本人で、妻のハンナはクリミアのウクライナ人だ。マイダン革命以後、街の雰囲気が変わると夫婦で脱出したこともある。ハンナは看護師でもあり、紛争地に乗り込んで取材をするジャーナリストでもあるが、彼女が夫の故郷の島国をうらやましく思う感覚を、アサトは手の移植を介して初めて感じ取る。 「常に戦争のリスクと隣り合わせで国境を維持してきたヨーロッパの人から見たら、日本はなんて恵まれた国かと思うでしょう。一方で、文化や宗教も含め他国を受け入れているようで、本当の意味では受け入れていないというのも、島国の特殊性なのかもしれません」 物語はかなり進行するまで誰とわからない一人称語りで始まり、アサトの現在と過去が入り交じって進む。ゾルタンの視点も挟まれる。練られた構成に見えるが、朝比奈さん曰く、物語に対しては“受け身”。 「僕が物語を考えているのではなく、思い浮かんだ映像を何とか理解して書いているだけ。なので、書く上で物語に対して干渉はしません。ただ書き終わるまでその映像が居座って離れないし、逆に言えば、物語とつながってる最中はアサトやハンナの苦しさや怒りの感覚が自ずと伝わってきて、自分の腹も背骨も震えます。そうやって、登場人物と一緒に苦しんで進んでいく書き方しかできないので、小説を書くのは僕にとっては業に近いです」 写真:石渡 朋 あさひな・あき 1981年、京都府生まれ。2021年、「塩の道」が林芙美子文学賞に輝き、翌年、同作を収録した『私の盲端』でデビュー。今年『植物少女』で三島由紀夫賞を受賞。現役の医師でもある。 朝比奈 秋『あなたの燃える左手で』 医療人ならではの知識と、医師自身や患者、患者家族の思い、それを俯瞰する作家の目から生まれてくる言葉とイメージに揺さぶられる。河出書房新社 1760円 ※『anan』2023年9月13日号より。写真・中島慶子(本) インタビュー、文・三浦天紗子 (by anan編集部) https://ananweb.jp/news/504211/ Source: ananweb