映画監督

  • 2024.05.23

「事態はあらゆるレベルで悪化している」フランスの気鋭監督が映し出したパリの知られざる真実 | ananweb – マガジンハウス

この夏さらなる盛り上がりが期待される都市である、パリ。日本でも人気の高い観光地ですが、そんななかでご紹介するのは、見たこともないパリの姿を映し出している話題作です。 『バティモン5 望まれざる者』 【映画、ときどき私】 vol. 645 パリ郊外にあるのは、「排除された者たちの地帯」という語源を持つ「バンリュー」と呼ばれる地区。ここにはいくつもの団地が立ち並び、労働者階級の移民家族たちが多く暮らしている。その一画にあたるバティモン5では再開発のために老朽化が進んだ団地の取り壊し計画が進められていた。 そんななか、臨時市長となったピエールは、バティモン5の復興と治安を改善する政策の強行を決意。しかし、横暴なやり方は住民たちの反発を買ってしまう。そして、移民のケアスタッフとして長年働いているアビーたちを中心とした住民側と、市長を中心とした行政側が、ある事件をきっかけに衝突。やがて激しい抗争へと発展していくことに…。 日本では知ることのできないパリの“暗部”を垣間見ることができる本作。今回は、ananwebに4年振りの登場となるこちらの方に、その裏側についてうかがってきました。 ラジ・リ監督 2019年に発表された長編映画監督デビュー作『レ・ミゼラブル』で主要な映画祭の賞レースを席巻し、世界にその名を知らしめたラジ・リ監督。前作と同じ製作スタッフが再び集結し、本作でも貧困地域が抱える問題に真正面から切り込んでいます。そこで、現地での反響や自身が感じている使命、そして日本に対する印象などについて語っていただきました。 ―パリに対して華やかなイメージを持っている日本人にとっては、前作同様に衝撃を受ける作品ですが、フランスの観客からはどのような反応がありましたか? 監督 普段からフランスのメディアがこういった事実を見せることはないので、現実とのギャップに多くの方が驚いていたようです。そもそもパリに「バンリュー」のような場所があることを知らない人すらいるくらいですから。 そういったこともあって、僕の作品を通して何が起こっているのかを目の当たりにした方が多かったようです。フランスといえば、人権を掲げ、啓蒙思想が浸透している理性的な国というイメージがあるかもしれませんが、実際はそうではありません。だからこそ、僕の使命はいままで語られることのなかったフランスの真実をみなさんに示すことだと考えています。 圧力に近いような動きを感じることもあった ―『レ・ミゼラブル』が公開されたときは、作品を観たエマニュエル・マクロン大統領が閣僚たちに指示を出したという動きもあったと言われていますが、本作も改善に向けて政府が動き出すきっかけになったこともありましたか? 監督 本作で扱っているのは劣悪な住宅問題についてですが、政治家たちが隠したいと思っているようなことがテーマとなっています。そういったこともあって、改善どころかなるべく人々に見せたくないというような圧力に近い動きを感じました。とはいえ、これはもはや隠し切れないほど大きな問題になっています。実際、フランスでは500万人ほどの人が劣悪な住環境に暮らしているような状況ですから…。 そんななか、貧困地区を再開発し、中流階級の人たちを呼び込んで街のイメージを刷新させようとする動きが出てきています。ただ、そうすると結局そこに暮らしていた人たちが排除されてしまうため、新たな問題が起きるのではないかなと。特にいまは世界的スポーツイベントを控えているので、政府としてはあまりこの問題にフォーカスされたくないという意図があるのだと思います。 ―つまり、盛り上がりを見せるいっぽうで、貧困地域との差がより大きくなってきているということでしょうか。 監督 それは間違いなくありますね。大規模な再開発計画が進められたので、それに伴って貧しい人たちを排除するような動きがありました。事態はあらゆるレベルで悪化していると言わざるを得ません。 扱っている題材は、自分自身が経験してきたこと ―この状況を改善するためには、どういった取り組みが必要だとお考えですか? 監督 現状については確認していますが、正直なところ僕もどうしたらいいかわからなくなっています。ただ、わかっているのは、いまの政府はまったくいいところがないので、フランスは壊滅的な状態にあるということです。 ―だからこそ、映画を通して状況を伝えていくのがご自身のすべきことだと考えていらっしゃるのですね。 監督 まさにその通りです。次回作でもこれまで語ってきたように90年代に起きた問題について主に取り上げていく予定ですが、これからもこの路線で自分の使命をまっとうしたいと思っています。 ―では、ストーリーを構築するうえで苦労したことがあれば、お聞かせください。 監督 シナリオを完成させるまでに3年ほどかかっていますが、「それぞれのアイデアをどのように組み合わせていけば整合性が取れるのか」といった部分が一番難しかったですね。住宅に関する問題を抱えている人や排除されてしまった人など、いろんな方に直接話を聞きにいっては頭を悩ませました。 ―監督といえば、リアリティのある映像を得意とされていると思いますが、撮影時に意識していることについて教えてください。 監督 そもそも扱っている内容は、僕自身が経験してきたことでもあるので、どうすれば映像に現実味を出せるかというのが身に染みてわかっているのは大きいですね。だからこそ、現場に行くだけでリアルなシーンを撮ることができるんだと思います。 「戦い続けていく女性を描きたい」という思いがあった ―本作には俳優以外にも現地の方も出演しているのでしょうか。 監督 エキストラの8割は、実際の住人たちに演じてもらっています。「出たい!」とみんなが言っていたので、希望者が多すぎてむしろ大変なくらいでした。 ―俳優ではない方たちには演技指導をされたのか、逆に普段のままでいてほしいと伝えたのか、どのような演出をされましたか? 監督 僕の場合は、どうしてほしいかというのを事前にきちんと伝えるようにしています。なので、「自由にやっていいよ」という感じよりも、わりとしっかりと演技指導をさせてもらいました。 ―フランスの観客は衝撃を受けていたとのことですが、当事者の方たちの反応はどのようなものだったのでしょうか。 監督 映画で語られているのが自分自身の物語ということもあって、非常に喜んでくれました。彼らにとっては、撮影に参加したことも誇らしい経験となってくれたようで僕もうれしいです。 ―また、本作では女性のキャラクターが印象的に描かれています。女性を描くうえで意識されたこともありましたか? 監督 主人公であるアビーのように、市民のための援助活動を熱心に行っている力強い女性というのは、実際の貧困地区にもたくさんいます。そういったこともあって、彼女たちにオマージュを捧げたいと思い、今回は女性を中心に描きました。アビーのキャラクターに関しては、モデルが1人いるというよりも、実在するさまざまな女性をミックスして作り上げています。 ―アビーの存在には希望も感じましたが、ラストはどのようにして決められたのでしょうか。 監督 彼女がどういう道を進んで行くのかという結末については、かなり初期の段階から決めていました。というのも、「戦い続けていく女性を描きたい」という思いがあったので。ただ、本作は登場人物が多いこともあって、それぞれをどういうふうに動かしていけば最終的にこのシーンにたどりつくかを考えるのが難しかったです。 日本には強い感銘を受ける部分がある ―話は変わりますが、日本には4年前にもいらっしゃっているので、どのような印象をお持ちなのかを教えてください。 監督 ヨーロッパより10年も、20年も先を行っているような最先端の国だなと感じています。僕のルーツはアフリカのマリ共和国ですが、そこと比べると1世紀くらい未来にいますよね(笑)。それくらい近代的な国というのが第一印象でした。 ただ、取材などを受けているうちに日本でも最近は移民や貧困の問題があることを聞き、世界中どこにでも同じ問題はあるのだなと。どんなに発展した国であっても、すべてがうまくいっているわけではないのだと改めて認識しました。 ―だからこそ、監督の作品は日本でも多くの方に観てほしいと感じます。では、日本のカルチャーで興味を持っているものはありますか? 監督 僕たちの世代はみんなそうだと思いますが、やっぱり日本の漫画やアニメは大好きですよね。特に『ドラゴンボールZ』とか。なので、そういうカルチャーが生まれた国で自分の映画が上映されることは、本当に誇らしいことだと感じています。 あとは、「職人」と呼ばれる方々が1つのことに情熱と愛情を込めて取り組んでいるのが素晴らしいなと。そうやって美しいものを作り出している姿にも強い感銘を受けています。 ―それでは最後に、ananweb読者にメッセージをお願いします。 監督 女性の方々はがんばって働いていると思いますが、ぜひ権力もつかんでほしいと考えています。というのも、男性ばかりが中心になると戦争をしたりして、国をめちゃくちゃにしてしまうと感じているからです。これからは、もっと女性の時代になるように願っています。 “不都合な真実”が私たちに問いかける これまで抱いていた“花の都”パリのイメージを大きく覆し、観る者の心を激しく揺さぶる衝撃作。権力に屈することなく声を上げて戦う女性たちの姿に、決して他人事ではないと感じさせられるはずです。 取材、文・志村昌美 目が離せない予告編はこちら! 作品情報 『バティモン5 望まれざる者』5月24日(金)、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町他全国公開配給:STAR CHANNEL MOVIES (c) SRAB FILMS – LYLY FILMS – FRANCE 2 CINÉMA – PANACHE PRODUCTIONS – LA COMPAGNIE CINÉMATOGRAPHIQUE – 2023 https://ananweb.jp/anew/550525/ Source: ananweb

  • 2023.10.18

「ヒョンビンはすべてが完璧」名優ファン・ジョンミンとの豪華共演作で見せた素顔 | ananweb – マガジンハウス

2007年に起きたタリバンによる韓国人拉致事件から着想を得て制作されたサスペンスドラマが、韓国で初登場No.1の大ヒットを記録。今回オススメするのは、韓国を代表する豪華キャストの初共演が実現したことでも話題の注目作です。 『極限境界線 救出までの18日間』 【映画、ときどき私】 vol. 607 アフガニスタンの砂漠で、旅をしていた韓国人23名がタリバンに拉致される。彼らの要求は国内に駐屯する韓国軍の撤退と、刑務所に収監されたタリバン戦士23名の釈放だった。告げられた期限は24時間。そこで韓国政府は、直ちに外交官のチョン・ジェホを派遣する。 その後、国家情報院も動き出し、工作員のパク・デシクがアフガンのフィクサーに交渉するが、あと一歩で決裂してしまう。「韓国政府の代表」を自負するチョンとアウトローなパクは、対立しながらも手を組むことになる。タイムリミットが迫るなか、2人が命をかけた最後の交渉とは? 厳格な外交官チョン・ジェホを演じるのは、『哭声/コクソン』や『工作 黒金星と呼ばれた男』で知られる韓国の名優ファン・ジョンミン。そして、人命を救うためには手段を選ばない工作員パク・デシクには、ドラマ『愛の不時着』で世界中にブームを巻き起こした人気俳優ヒョンビンがキャスティングされ、豪華な俳優陣が顔を揃えています。そこで、こちらの方に見どころなどについて、お話をうかがってきました。 イム・スルレ監督 『私たちの生涯最高の瞬間』や『リトル・フォレスト 春夏秋冬』などで数々の映画賞を受賞し、韓国の映画界を牽引する女性監督の一人とされているイム監督。今回は、トップスターたちの素顔や現場での舞台裏、そして日本の女性たちに伝えたい思いなどについて語っていただきました。 ―主演のファン・ジョンミンさんとは、2001年『ワイキキ・ブラザース』以来のタッグとなりましたが、年齢とキャリアを重ねたいまのファン・ジョンミンさんの魅力はどんなところだと感じましたか? 監督 正直に言うと、彼はイケメンタイプの俳優ではないですが、情が深くて素朴で親しみやすいので、人間的な魅力に溢れている方だと思っています。それに、情熱を持って演技に打ち込んでいるので、俳優としての素晴らしさも改めて感じました。 ―いっぽうのヒョンビンさんは、いままでのイメージとは違う雰囲気が非常に印象的でした。本作では、どのような役作りをされていましたか?  監督 今回演じてもらった役どころは、過去に人質を助けることができずにその罪悪感に苛まれている人物。そういった寂しさを抱えながらも、砂漠のなかで自由に生きているという設定だったので、ルックスから演技にいたるまで、ヒョンビンさんとはたくさん話し合いを重ねて作り上げました。 劇中では、ひげを生やしてもらっていますが、あそこまでひげをたくさん伸ばしている彼をこれまで見たことがなかったので、最初は周りの人たちもみんなびっくりしていたほど。でも、だんだんと「砂漠に合う男らしさがいいな」と感じるようになりました。過去のロマンチックコメディでは見せたことがないような姿がこの作品ではご覧いただけると思います。 ヒョンビンさんには驚かされることが多かった ―とてもワイルドで、かっこよかったです。現場でのヒョンビンさんはどんな方なのか、素顔がわかるようなエピソードがあったら教えてください。 監督 ヒョンビンさんと映画を撮ったのは初めてでしたが、別の作品のキャスティングで打ち合わせをしたことがあったので、実は彼のことは以前から知っていました。とても親切で、礼儀正しくて、相手に気遣いができる方なんですが、一緒に仕事をしてみると驚かされることが多かったように思います。 ―具体的にはどのようなことがあったのでしょうか。 監督 あるとき、「こういう状況なら怒ってもいいんじゃない?」と思うことがヒョンビンさんに起きました。それでもまったく怒らないので、私はこんな質問をしてみたんです。「あなたはどうしてそんなに怒らずに、自分を制することができるんですか?」と。 すると、「相手の立場になって考えてみて『そうかもしれないな』と思うと、怒りを感じなくなるんですよ」と教えてくれました。それを聞いたときに、本当に頭がよくて、スマートで、性格も外見もすべてが完璧な方なんだなと。仕事においても、自分の人生においても、知恵があるので、そういう姿には驚かされることばかりでした。 コロナ禍に海外で撮影するのは多くの苦労が伴った ―ヒョンビンさんが多くの人に愛されるのも納得です。また、今回はコロナ禍真っ只中に、ヨルダンという普段とは違う環境で撮影をされていたので、かなり大変だったのではないかなと。日本のタイトルのように、“極限境界線”を越えそうになった瞬間もありましたか?  監督 撮影は2020年の3月から開始したので、ちょうど大変な時期と重なりましたし、そういう状況のなか海外で撮影するのはたくさんの苦労が伴いました。実際、撮影が止まってしまったこともありましたから…。でも、とにかく撮らなければいけないと焦っていたところ、ヒョンビンさんのおかげでかなり助けられたこともありました。 なぜかというと、ヨルダンで撮影許可を出してくれたのは王族の方々でしたが、そのなかでも王妃とされる方がなんとヒョンビンさんのファンだったんです(笑)。そういったこともあって、普段なら誰も立ち入れない場所にまで入ることができ、しかも撮影まで許可していただきました。 仕事をするうえで心がけていることは2つ ―そんな背景があったとは、驚きですね。 監督 あとは、夏に砂漠で撮影をしたので、暑さにもかなり苦労しました。また、映画のなかではアフガニスタンという設定でしたが、ヨルダンで撮影を行っていたので、ヨルダンの俳優たちにアフガニスタンの言葉を覚えてもらうというのも、難しかったところです。 今回は、韓国のスタッフ100人とヨルダンのスタッフ100人が一緒に仕事をしていたので、そういう大変さもありましたが、撮影中に誰もコロナにかからなかったのは本当によかったなと思っています。そんなふうに、さまざまな逆境を乗り越えて作られたのが本作です。 ―それらのおかげで迫力のある作品に仕上がったのだと改めて感じました。現在の韓国の映画界では、イム監督を筆頭に女性監督の活躍が非常に目覚ましいですが、仕事をするうえで大事にされていることがあれば、お聞かせください。 監督 私が大切にしていることは、大きく2つ。まずは、映画に出演してくれる俳優と一緒に仕事をしてくれるスタッフの間に調和を保てるように、バランスよく接するということです。特に、俳優のなかにはトップスターもいれば、小さな役を演じるエキストラのような方もいるので、そこで差別をしないように心がけています。 あと、映画の場合はどうしても興行的な成績や結果を求めがちですが、その過程も同じくらい大事に考えています。撮影中に誰かが傷ついたり、何かの被害に遭ったりすることがないように、つねに気配りすることは欠かせません。そのためにも、撮影しやすい雰囲気作りが重要だと思っています。 自分が好きなことをする時間をきちんと持ってほしい ―素晴らしい意識ですね。ちなみに、映画作りにおいて日本から影響を受けたり、好きな作品があったりしますか? 監督 私が映画を勉強していた時期は1980年代の半ばですが、当時の韓国では日本映画の輸入が禁止されていたので、最初は日本映画を観ることができませんでした。そのあと、パリで映画を学ぶことにしたのですが、そこで日本映画を知って大好きに。修士の学位を取った際、大学院での研究対象を溝口健二監督に選んだほどです。 ほかにも、黒澤明監督や小津安二郎監督、成瀬巳喜男監督の作品をたくさん観ました。最近でも、濱口竜介監督や是枝裕和監督など、好きな日本の映画監督は多いです。90年代には、日本に3か月滞在したこともありますが、みなさんに親切にしていただきましたし、日本の文化にもたくさん触れたので、いろんな影響を受けていると感じています。 ―それでは最後に、ananweb読者にメッセージをお願いします。 監督 現在、日本と韓国は似たような状況にあるかもしれないですが、現代社会において仕事をすることは何かと大変なこともあると思います。でも、仕事をしないといけない方のほうが多い状況なので、そういう女性たちに伝えたいのは、「自分の好きなことをする時間をきちんと持ってほしい」ということです。 仕事以外に家庭など、いくつものことをつねに抱えていると思いますが、どちらかだけに偏ることなく、うまくバランスを取っていただきたいなと。そうやって調和を保ったうえで、みなさんには幸せに過ごしていただけたらと思っています。 最後まで“極限境界線”に追い込まれる! 二転三転するスリリングな展開と命がけの緊迫した駆け引きに、片時も目が離せなくなる本作。アクションや男たちの友情に胸が熱くなるだけでなく、リアルな映像の迫力にも一気に引き込まれてしまう見どころ満載の必見作です。 取材、文・志村昌美 緊張感に包まれた予告編はこちら! 作品情報 『極限境界線 救出までの18日間』10月20日(金)TOHOシネマズ 日比谷 他 全国ロードショー配給:ギャガ ️(C) 2023 PLUS M ENTERTAINMENT, WATERMELON PICTURES ALL RIGHTS RESERVED. https://ananweb.jp/anew/511700/ Source: ananweb

  • 2023.10.11

世界が注目するイギリスの新鋭「日本のゲームで培った感覚が映画作りに深く関係している」 | ananweb – マガジンハウス

多くの女性たちが憧れている世界の代表格といえば、華やかな美容業界。ですが、今回ご紹介するのは、そんなイメージを打ち壊すようなスター美容師殺人事件を全編ワンショットで描いて話題となっている1本です。 『メドゥーサ デラックス』 【映画、ときどき私】 vol. 603 年に一度のヘアコンテストに向けて準備が進められていたが、開催直前に優勝候補と目されていたスター美容師が変死を遂げる。しかも、奇妙なことに頭皮が切り取られた姿で発見されたのだ。 会場に集まっていたのは、「今年こそ優勝する」と誓って意気込んでいた3人の美容師と4人のモデルたち。さらに主催者や恋人、警備員らを巻き込みながら、事件や人間関係に関する噂と疑念が渦巻き始める。容疑者とされている11人に明かされる真実とは…。 ミステリーの名作を数多く生み出してきた英国から、新たに誕生したゴシップ・ミステリー。気鋭の映画スタジオ「A24」が北米配給権獲得し、世界中の映画祭を席巻している本作について、こちらの方にお話をうかがってきました。 トーマス・ハーディマン監督 短編映画が高く評価され、BBC FilmsとBFI(英国映画協会)の支援によって本作で長編デビューを果たしたトーマス監督。長編初監督ながら見事な演出力と構成力を見せ、映画界でも注目を集めています。そこで、撮影の裏側やタイトルに隠された思い、そして日本から影響を受けていることなどについて語っていただきました。 ―今回、美容業界を舞台に映画を撮ろうと思ったのは、なぜですか? 監督 母は髪を大事にしていた人なので、髪への情熱は母から受け継いだものだと思います。まだ僕が幼かった頃、怖がりだった僕を母がいつも外に連れ出してくれたのですが、母はなぜか週に1か2回も美容院に行っていたのです。そういったこともあって、僕は美容院で育ったと言えるんじゃないかなと。ファッション雑誌もそこで初めて手に取り、おかげでファッションに興味を持つようにもなりました。 その後、アートや文学、映画といった世界に触れていくなかで気が付いたのは、そこにあるヒエラルキーは美容の世界にも同じようなものがあるということ。そこから、どんどん自分の目が開かれていくようになり、映画として描きたいと思うようになりました。 女性が引っ張っていく物語を作りたかった ―『メドゥーサ デラックス』というタイトルには、どういった意味が込められているのでしょうか。 監督 いまお話した母が通っていた美容室は、劇中にコンテストの主催者として登場するレネのモデルでもあるオズワルドさんという方がオーナーの「オズワルドズ」という名前のお店でした。ところが、僕が実家を離れたあとに、彼は亡くなってしまったのです。 その後、どうなっていたのかは知らなかったのですが、久しぶりに地元に戻ったときにお店を訪れてみると、違うオーナーが経営している「メドゥーサ」という美容室に変わっていたんです。それは自分にとっては大きな驚きでした。 あと、「メドゥーサ」には魔女のように知的で強い女性が社会や男性から迫害されているイメージがあるので、性差別的な要素があると感じていました。そういうなかで、神話を再解釈し、女性が引っ張っていく物語を作れたらいいなと。なぜなら、僕の母には7人の姉妹がいて、つねに女性たちに囲まれて育った経験があったからです。ぜひみなさんにも、新しいものを受け取っていただきたいと考えています。 きっかけとなったのは、美容系のYouTube ―なるほど。また、本作で話題となっているのは、これだけの展開を全編ワンショット撮影で行ったことですが、どういった経緯だったのかを教えてください。 監督 いままでと違う映画にしたいと思っていたので、脚本を書いている段階から「ワンショットで撮りたい」というのは考えていました。きっかけの1つとしては、年の離れた兄の娘たちが見ていた美容系のYouTube。彼女たちの母親が亡くなってしまったので、代わりに彼女たちの面倒を見る機会が多くなったのですが、そのときにそういう動画をずっと一緒に見ていたんです。 そこで気が付いたのは、人が何かをしている様子を長いショットで追っていくことに、我々も自然と慣れてしまっているということでした。YouTubeの環境によって、物の見方も変わってきましたが、長回しをすることでキャラクターによるドラマも生まれるのではないかなと思ったのです。ワンショットによる状況的な面白さもありますが、僕はそうやって出てくる感情や人間の様子にも興味があるので、それをけん引してくれた俳優たちには感謝しています。 ―とはいえ、撮影にあたってはかなり緻密な準備が必要なので、大変だったのではないかなと。 監督 今回は9日間しか撮影期間がなかったので、事前にZoomを使って俳優たちとリハーサルをしたり、iPhoneやノートパソコンを片手に撮影の確認をしたりして、構築していきました。僕たちは野心的で夢もありますが、お金がなくて(笑)。なので、そういうやり方をするしかありませんでした。とはいえ、映画作りというのはそもそも簡単なことではないので、そういう意味では全体的によくできたんじゃないかなと思っています。 ―なかでも苦労したのはどんなことですか? 監督 やっぱり赤ちゃんがいるシーンは、大変でしたね。というのも、実は今回は双子の赤ちゃんを起用していたんです。1人はよく泣く子で、もう1人は全然泣かない子だったので、シーンによって使い分けています。 つねに新しい世界を作り出すチャレンジをしている ―舞台となるホールは、非常に複雑な構造の建物でしたが、そこも本作には欠かせない要素だったと感じました。場所は先に決まっていたのでしょうか。 監督 脚本を書いているときは自分の頭のなかだけにあったので、どういう場所になるかはまったくわからない状況だったんです。その後、ロケ地探しをしたのですが、イギリス中のコンベンション・センターやホールを見て回りました。そして、ついにイギリス北部にあるプレストン・ギルドホールという施設を見つけたんです。本当に完璧な場所だったなと思います。 ―劇中に登場するヘアスタイルはどれも素晴らしいものでしたが、ヘアメイクはレディ・ガガのヘアメイクなどをはじめ、“ヘア界で最も独創的なスタイリストの一人”と称されているユージン・スレイマンさんが担当されたとか。彼の仕事ぶりを間近でご覧になっていかがでしたか? 監督 彼はシャネルやルイ・ヴィトン、イッセイ ミヤケなどさまざまなトップブランドとコラボをしていますが、僕は彼の仕事をずっと追いかけてきました。彼にどれだけ才能とスキルがあるかはわかっていたので、ぜひ映画に参加してほしいとお願いをしたのです。 彼はいろんなものをぶっ壊すパンクの世代ですが、僕もこれまで存在していた範疇から刷新していく世代なので、そういう意味では2人とも同じような感覚を共有しているのではないかなと。年齢も育った環境も違いますが、つねに新しい世界を作り出すチャレンジをしているところが似ていると感じています。実際、この作品ではこれまでにない方向性であっても好んで挑戦してくれました。 日本のカルチャーが自分の血となっている ―キャラクターによって違うさまざまヘアスタイルの数々には、ぜひ注目ですね。また日本についてもおうかがいしたいですが、どのような印象をお持ちですか? 好きなものはありますか? 監督 それはとてもいい質問ですね。というのも、僕はまだ日本に行ったことがないのに日本が大好きで、コム・デ・ギャルソンやジュンヤ ワタナベといった日本のファッションから影響を受けたり、ポール・シュレイダー監督が三島由紀夫を題材にした映画を観たりしてきました。 それから、多くの映画作家が子ども時代からカメラを手にしていたという話はよく聞きますが、僕の場合は任天堂のゲームだったんですよ(笑)。「スーパーマリオ」や「ゼルダの伝説」でよく遊んでいましたが、それらのゲームで培った感覚というのが僕の映画作りには深く関係していると思っています。そんなふうに、自分の意識と日本は深くリンクしていると感じるので、僕にとっては日本のカルチャーが自分の血となっているような気がしているほどです。 ―確かに、本作のカメラワークもゲームのような視点が生かされているように感じました。それでは最後に、ananweb読者に向けて、注目してほしいポイントなどについて教えてください。 監督 今回は、コアレスというミュージシャンに音楽をお願いしましたが、彼はメドゥーサの蛇が動くような音を作ってくれていて、それには僕自身も非常に驚きました。僕の映画のために、才能豊かな人が自分なりの解釈を加えて新たなものを生み出してくれて、本当に光栄に思っています。 観客のみなさんにも新しい体験をしていただきたいので、映画を観たあとにスキップしてしまうほど楽しかったと思ってもらえたらうれしいです。 息を飲む緊張感が味わえる新感覚ミステリー! まるでその場にいるような圧倒的な臨場感と、見たこともないような圧巻のヘアメイクが堪能できる本作。ワンカットによる驚異の映像はもちろん、本格的でありながら斬新な展開も楽しめる必見のミステリー作品です。 取材、文・志村昌美 引き込まれる予告編はこちら! 作品情報 『メドゥーサ デラックス』10月14日(土)シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開配給:セテラ・インターナショナル ️(C) UME15 Limited, The British Film Institute and British Broadcasting Corporation 2021 https://ananweb.jp/anew/510328/ Source: ananweb

  • 2023.09.27

クレイジーな天才ファッションデザイナーの素顔とは…世界を熱狂させた舞台の裏側に迫る | ananweb – マガジンハウス

仕事へのモチベーションが下がってしまうときは誰にでもありますが、そんなときにオススメなのは、第一線で活躍し続けている人たちの姿から学ぶこと。今回ご紹介するのは、“天才ファッションデザイナー”と呼ばれるジャンポール・ゴルチエの素顔と半生に迫っている注目のドキュメンタリーです。 『ジャンポール・ゴルチエのファッション狂騒劇』 【映画、ときどき私】 vol. 601 ファッションシーンで数々の旋風を巻き起こし、奇想天外でファンタスティックなデザインで有名なクチュリエのジャンポール・ゴルチエ。そんな彼が新たに挑んでいたのは、ミュージカル「ファッション・フリーク・ショー」だった。 しかし、自身のコレクションと2足の草鞋を履いて創り上げるショーの舞台裏はトラブルの連続。ゴルチエとそのチームは、衣装合わせ、初のリハーサル、ダンサーの故障、演出のいざこざなど、さまざまなアクシデントに見舞われていた。果たして、無事に初日を迎えることはできるのか…。 マドンナやカトリーヌ・ドヌーヴ、そしてファッション界の女帝アナ・ウィンターなど、数多くの豪華メンバーが登場していることでも話題の本作。そこで、見どころについてこちらの方にお話をうかがってきました。 ヤン・レノレ監督 選挙中だったフランスのエマニュエル・マクロン大統領を描いたドキュメンタリーなどを手掛け、ドキュメンタリー作家としてキャリアを積み重ねているヤン監督。本作では、2018年にパリで初演を迎えて以降、東京や大阪をはじめ全世界35万人の観客を熱狂の渦に巻き込んだミュージカル「ファッション・フリーク・ショー」の舞台裏に密着しています。今回は、ジャンポール・ゴルチエとの撮影から感じたことや撮影秘話、そして日本との意外な繋がりなどについて語っていただきました。 ―これまでさまざまな著名人に密着されていますが、そのなかでもゴルチエさんは監督から見てどんな存在ですか? 監督 ドキュメンタリー作家としては彼を撮ることができるのは喜びでしたが、正直に言って、ゴルチエは僕が撮ってきた人物のなかでも一番クレイジーな人だと思っています(笑)。というのも、彼はつねにクリエーションのことを考えていて、いつも“スパークリングしている人”ですからね。 アイデアがどんどん出てきてしまうので、1つの衣装を完成させるまでに10回以上変更することもあるくらい。一緒に働いている人は、本当に大変だと思います。でも、それはよくするための過程であり、そのプロセスによって素晴らしいものが生まれていくというのがわかりいました。 バックステージだけでなく、内面も撮ることができた ―撮影に関しても、ご本人から指示されるようなことはありましたか? 監督 僕に対しては、クレイジーな要望はありませんでしたね(笑)。というのも、僕が用いているドキュメンタリーの手法というのは、対象者に介入せずにありのままをずっと撮っていく方法だからです。 そんななかで印象に残っているのは、彼が自分のクレイジーさに気がつく瞬間。それは映画のなかでも見ることができますが、靴のせいで足首を痛めてしまったダンサーに対して、「申し訳なかった」と謝ったときです。自分自身で行き過ぎていることに気づき、クレイジーな欲求にもリミットがあること彼は知ったようでした。 ―そういった普段ではなかなか見ることができないような瞬間もカメラに収められていますが、どのように撮影を行ったのかを教えてください。 監督 ドキュメンタリー作家として、自分の強みだと思っているのは、対象者と長い時間をともに過ごして撮影を行うこと。僕の場合、6カ月未満で撮ることはありません。実際、過去にテディ・リネールという柔道家のドキュメンタリーを撮った際には3年密着しましたし、ゴルチエも1年間かけて撮っています。 そんなふうに彼らの生活のなかに存在してずっと撮り続けるというのが、僕のドキュメンタリーの秘訣です。今回もつねに相手のそばにいることができたおかげで、バックステージだけでなく彼の内面の部分まで撮ることができました。 クリエーションに必要なのは、違うものを衝突させること ―また、非常に豪華なセレブたちも数多く出演されていますが、それゆえに撮影においては大変なこともあったのではないかなと。 監督 そうですね。“大スター”と言われる方々をドキュメンタリーで撮るというのは、非常に難しいことだなと改めて思いました。たとえば、マドンナの場合は専属のカメラマンにしか映像は撮らせない方なのでその映像を使ってほしいと言われましたし、カトリーヌ・ドヌーヴからは「演技する前後はいいけど演技中は撮らないで」という要望がありましたからね。 そのほかの方々も、人によってそれぞれいろんなリクエストがあったほどです。ただ、きちんと説明をすればみなさん理解はしてくださるので、その都度こちらが適応して撮ることが大事だと感じました。 ―映画のなかで印象的だったのは、ゴルチエさんから発せられる言葉の数々。なかでも、「違いとは特別である」というひと言には勇気づけられる方も多いと思いますが、監督は違うことの素晴らしさについては、どう感じていらっしゃいますか? 監督 クリエーションにおいて言うならば、違いという名の“ショック”を与えるというのは必要なことではないでしょうか。実際、ゴルチエも一見まったく関係のない要素を衝突させることによって、彼のクリエーションを成立させているんです。モチーフや素材、カラーなど、あえて違うものを合わせていますが、勇気を持ってそれができるかどうか、というのが彼の創作活動における肝だと思います。 なので、普段自分がいる場所から出て行くというのも大切なことかなと。フランス人が日本に行ったり、逆に日本の方がフランスに来たりすると、現地にいる人たちでは気づかないものを見い出したりすることがありますよね。あえて違う国に行くのも、面白いクリエイティブに出会える方法だと考えています。 自分のなかにも、日本は息づいている ―なるほど。ちなみに、日本に対してはどのような印象をお持ちでしょうか。 監督 実は、僕は日本とは個人的な繋がりがあるんですよ。というのも、キリスト教の司祭をしていた僕の叔父は、川崎に21年間暮らしながら労働者の方々に向けて宣教を行っていた人なんです。70年代当時はまだ組合がなかったそうなので、彼は労働者の人たちをサポートしながら、組合を作る手助けもしたと聞いています。なので、企業側からしてみれば、彼は出る杭のような邪魔な存在だったかもしれませんね…。 その後、叔父は自身の経験をまとめて本に書き、「出すぎた杭」というようなタイトルをつけましたが、彼は日本社会においては、“突き抜けた釘”のような人だったと思います。でも、僕にしてくれた日本の思い出話は、実際に生活していた人だからこそ語れることばかりだったので、それはいまでも僕のなかでも息づいていると感じています。 ―それでは最後に、ananweb読者に向けてメッセージをお願いします。 監督 彼の作る服というのは、決して産業的なものではありません。だからこそ、それを身につけると誰もが自分を解放し、トランスフォーメーションすることもできるのです。そして、その姿はまさにアートであり、彼のモードでもあると言えるでしょう。 それだけでなく、現代のスターたちがいまも90年代にゴルチエが作ったものを求めるという現象は、本当にすごいことですよね。これからもゴルチエとモードの関係性というのは、ずっと残るものですし、巡り巡っていくサイクルのなかに彼は存在していて、これからも生き続けていくと僕は思っています。 多様性と想像力に溢れる生き方に刺激される! 魅惑的なファッションで、日常を忘れてしまうほどの豪華絢爛な世界へと誘ってくれる本作。その真髄となるジャンポール・ゴルチエのクリエイティビティに触れることで、観る者の人生もきっと彩り豊かになるはずです。 取材、文・志村昌美 華やかな予告編はこちら! 作品情報 『ジャンポール・ゴルチエのファッション狂騒劇』9月29日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル池袋、シネマカリテほか全国公開配給:キノフィルムズ ️(C) CANAL+ / CAPA 2018 https://ananweb.jp/anew/507091/ Source: ananweb