瀧井朝世

  • 2024.04.03

スカッとした気持ちになりたい時に! 柚木麻子の新作は“読めば元気が出る短編集” | ananweb – マガジンハウス

柚木麻子さんの新作『あいにくあんたのためじゃない』は、読めば元気が出る短編集。 困った状況からの起死回生。絶対へこたれない全6編。 「その時どきで一編ずつ書いていったので、全体を通してのコンセプトは特に決めていなかったんです。本にまとめる時に編集者に“タイトルはどうしますか”と聞かれて。ちょうどその頃、モーニング娘。’23の『Wake‐up Call』があまりにいい曲で歌いまくっていたんですが、歌詞にある“生憎あんたのためじゃない”がこの本の内容にぴったりだなと思って。ハロプロにも許可をいただいてタイトルにしました」 他人に惑わされることなく、自分のために生きていこう。そんな気持ちになれる全6編。意外なことに、ほとんどがご自身や周囲の実体験に基づいているのだとか。たとえば、中庭で子供が騒いでもOKというルールのあるマンションが舞台の「パティオ8」。緊急事態宣言のさなか、リモートワークの男性から苦情がきて中庭が使用できなくなる。 「これは知人の実話がもとになっています。子供を外に出せなくなったことが原因で引っ越していった家庭もあったそうです。その話を聞いて、なんとかハッピーエンドにできないかな、と思って、住民たちが一計を案じる話を作ってみました」 一方「トリアージ2020」は、「私の友達が主人公と同じように、コロナ禍に妊娠中のシングルマザーだったんです。彼女の家の近所に私の母が住んでいたので、母に食べ物を届けさせようかと思ったことから思いついた話です」 また、「めんや 評論家おことわり」は、仕事を干された傲慢なラーメン評論家が、入店を断られ続けてきた人気店にようやく足を踏み入れることができて…という話。 「前に、雑誌の特集で、ホモソーシャルな世界として、厳しいルールがあったり、女性や子連れが入りにくいラーメン店について書くことになったんです。まず自分で作ってみようと思って専門書を読み漁り、映画『タンポポ』を繰り返し観て調理の極意をメモして、自分でラーメンを作ってママ友たちに振る舞ったら、かつてない熱狂で受け入れられました。ちやほやされて調子に乗ってラーメン作りを追究しているうちに、腕組みして友人がスープを味わっている顔をじっと観察するという、漫画に出てくるラーメン店店主みたいになってしまって。気づけば自分自身がホモソーシャルな世界に染まっていたんです。自分が敵認定しがちな人のことを、好きにはなれないけれど、ちょっと分かったことはよかったです」 そんな経験からできたこの短編、意外な結末が待っている。他に、地方都市に転勤した女性が年下の女の子の夢を叶えようと先走る「BAKESHOP MIREY’S」、起死回生をはかる元アイドルの男が動画がバズり中の女性を探す「スター誕生」など、どれも軽快でアイロニカルな短編ばかり。スカッとした気持ちになりたい時に、ぜひ。 『あいにくあんたのためじゃない』 過去の記事が炎上、謝罪文を出したラーメン評論家の佐橋に、出禁だった人気店から声がかかり――「めんや 評論家おことわり」ほか5編。新潮社 1760円 ゆずき・あさこ 2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞、同作を含む『終点のあの子』で単行本デビュー。’15年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞受賞。 ※『anan』2024年4月3日号より。写真・土佐麻理子(柚木さん) インタビュー、文・瀧井朝世 (by anan編集部) https://ananweb.jp/news/540217/ Source: ananweb

  • 2024.03.28

今の社会で生きていくために必要なことは? 生きる方法を模索する若い男女を描く『K+ICO』 | ananweb – マガジンハウス

法律や英語を学び、カフカの『城』の朗読を聴きながらウーバーイーツの配達をする男子大学生、K。将来を見据えて颯爽と自転車を漕ぐ彼を描く第一章〈K〉から始まるのが、上田岳弘さんの『K+ICO』(ケープラスイコ)だ。 生きる方法を模索する若い二人。現代のボーイミーツガール物語。 「最初は単発の短編として〈K〉を書きました。散歩中、ウーバーイーツの配達員が転んでいるのを2回ほど見かけたことがあって。前に配達員を見下したととられたある方のSNSの投稿がボヤを起こした出来事と重なり、今の社会の負担が彼らにかかっていると感じました。それで、書くべき対象だと思ったんです」 Kというイニシャルについては、「カフカが小説で描いた不条理な世界と現代社会とが重なる感触があります。不条理に適応しながら生きている人物を書く際、カフカも主人公の名前によく使っていたKにすると意図が伝わりやすい気がしました」 第二章〈ICO〉は、TikTokで学費と生活費を稼ぐ女子大学生ICOが主人公。配信では顔を隠しているが、身バレの危険を感じ、そろそろ活動をやめようと考えている。 「〈K〉を書いた後、対比すべき人物がいると感じて浮かんだのがICOでした。今、SNSが生活の手段になっている人は多い。そこに承認欲求は薄くて、有名になって生活がきらびやかになることに昔ほど意味を見出していない印象です」 ICOはウーバーイーツの配達員を見下しているが、ある日配達に来たKに引け目を感じ、動揺する。やがて彼らは再会して……。 彼らより上の世代の人物も活写して現代の行き詰まり感を浮かび上がらせつつ、Kの行動力とICOの変化に光を感じさせる本作。 「今の世の中ってシステムがほぼ出来上がっていて、新たに何かを立ち上げるにしてもスモールビジネスしかできない。システムに労働力として使われる中で、人は自由や自分の領域、生きている実感をどう得ていくのか。それを追求したらKという人物に収斂されていった感があります。他人からの評価にとらわれすぎている現代人へのカウンターとなる人物としても書きました。今の社会で生きていくには、彼のように自分で自分の尺度を決め、培い続けることが一番必要だと思う。もし20代の若い人が読んでくれて、そんなことをちょっとでも思ってくれたら、書いた価値があったなと思えます」 『K+ICO』 ウーバーイーツの配達員K、TikTokerのICO。同世代の大学生ながら異なる生き方、価値観を持った二人の偶然の出会いと、その後とは。文藝春秋 1760円 うえだ・たかひろ 2013年「太陽」で新潮新人賞を受賞しデビュー。’15年「私の恋人」で三島由紀夫賞、’19年「ニムロッド」で芥川龍之介賞、’22年「旅のない」で川端康成文学賞を受賞。 ※『anan』2024年3月27日号より。写真・土佐麻理子(上田さん) 中島慶子(本) インタビュー、文・瀧井朝世 (by anan編集部) https://ananweb.jp/news/538900/ Source: ananweb

  • 2024.01.17

別々の場所でコロナ禍を過ごす3人の男女…柴崎友香が描く、2年間の日常と心情の変化 | ananweb – マガジンハウス

東京や滋賀といった別々の場所でコロナ禍を過ごす3人の2年間。柴崎友香さんの新作『続きと始まり』は、2022年から’23年にかけて雑誌に連載した長編小説だ。 別々の場所であの時期を過ごす、3人の男女の日常と、心情の変化。 「自分を含め世界中が同時に影響を受けた出来事なので、その状況自体を書こうと思いました。人によって受けた影響は違うので、住む場所も仕事も家族環境も違う3人の視点を選びました。自分が書けるのは世界の一部分だけだけど、そこから何をどう想像していけるかを考えたかった。連載当初は、2年経てば落ち着くと思っていましたがそうはならなかったので、書いているうちに、小説自体が影響を受けて、書くものも変わっていきました」 大阪出身で一時期は東京に住み、今は結婚して滋賀県で暮らす30代の優子。東京で妻と幼い子供を育てているものの勤務先の飲食店が休業状態の30代の圭太郎。フリーの写真家の40代のれい。彼らの日常が交互に2か月おきに語られていく。 「3人の人生で何歳の時に何があったか一覧表にして考えていきました。コロナ禍で今までとは違う状況になって、彼らもこれまでの経験や今の生活について考え直さざるを得なくなっていく」 緊急事態宣言などで、どういう影響を受けたのかはそれぞれだが、 「あの時期は、いろんなことが標準とされる家族を想定して決められていた。でも人の関係性や在り方は様々だし、家族であっても個々の事情は違う。それに家族というと、恋愛、結婚、出産の3つがセットになりすぎているしんどさもあるなと感じていて。愛し合って結婚しました、というだけではない家族も書きたかったです」 日々を過ごす中、過去の震災のことや個人的な苦い思い出も彼らの胸を去来していく。 「2011年に震災でいろんな問題が出てきた時、“震災があって問題が起こるのではなく、今まであった問題がこういう災害があると拡大するだけだ”という声があって、そうだなと思って。コロナ禍もそうだし、社会の出来事にしても個人的なことにしても、過去のいろんなことが今の自分に影響しているんですよね」 昔の出来事を振り返り、迷ったり新しい気づきを得たりしながら進む3人に、読者も励まされる。 「たとえば以前だったら、何かができなかった時に“本人の努力が足りなかったからだ”と個人の問題にされがちでしたが、今は社会の構造という個人の努力や選択とは別の影響があると捉え直されるようになりました。それは大きいと思います」 過去からの連続の中で、自分の今ここがあると実感させる本作。 「未来のことを考えた過去の人が作ったものの中で、今自分は生きている。自分の今の行動の先に、未来を生きる人がいる。世の中にあった過去の出来事を考えることは、未来を考えることなんだなと感じます」 柴崎友香『続きと始まり』 コロナ禍の2年間、別々の場所で暮らす3人の男女の日常を細やかに描き出す。ポーランドの詩人シンボルスカの詩が引用されるのも印象的。集英社 1980円 しばさき・ともか 1999年に短編「レッド、イエロー、オレンジ、オレンジ、ブルー」でデビュー。2010年『寝ても覚めても』で野間文芸新人賞、’14年「春の庭」で芥川賞受賞。ほか受賞作多数。 ※『anan』2024年1月17日号より。写真・土佐麻理子(柴崎さん) 中島慶子(本) インタビュー、文・瀧井朝世 (by anan編集部) https://ananweb.jp/news/526423/ Source: ananweb

  • 2023.12.13

傷つけられるのに100%嫌いにはなれない“毒友”…作者の経験をもとにした青春小説 | ananweb – マガジンハウス

自分に親愛の情を見せながらも悪意をちらつかせていたあの子。砂村かいりさんがそんな幼馴染みについてSNSでつぶやいたのは2年ほど前のことだ。 友達だけど自分を傷つけるあの子。“毒友”との関係を描く青春小説。 「あれは“毒友”だったと思う、ということを書いたら、編集者さんに、小説に書いてみませんかと言っていただいたんです」 そして書き上げたのが、新作長編『苺飴には毒がある』だ。主人公は高校生の寿美子。彼女にはれいちゃんという幼馴染みのクラスメイトがいる。悪口と噂話が好きな彼女の言動に傷つけられることも多いが、一緒にいて楽しい時間があるのも確かで、100%嫌いにはなれずにいる。 「真面目な子ほど自分の感情を後回しにして、他人の屈折した感情に振り回されて傷つく傾向があると感じています。私も今なら、れいちゃんのように悪意と好意の両面を見せて相手を支配するのはある種のハラスメントだなと分かります。でも当時はそれを言語化できずにいました」 ある時寿美子は、れいちゃんが他の友達と一緒に自分の悪口を言っているという証拠をつかんでしまう。 「私にも同じことがありましたが、その時、妙にほっとした自分がいました。これからの関係性を考えていく手がかりになったんです」 寿美子の高校生活は少しずつ変化していく。れいちゃんとは別の親友や所属する文芸部の仲間、家族との関係の変化や、進学に関する不安、恋の予感なども実に繊細に描かれ、そのどれもが読み応えたっぷり。 「中学や高校の3年の間でも、人間関係はどんどん変わっていく。だから今悩んでいる人も、どうにか乗り切ってほしい。学校生活がすべてではないこと、自分の感情に嘘をつく必要はないんだよってことは、地道に伝えていきたいです」 木の枝を剪定するように人間関係にも剪定は必要、と砂村さん。物語の後半、れいちゃんからもらった手紙を読んだ寿美子が下す決断に、励まされる人も多いのでは。 「いただいた感想に“私自身がれいちゃんだったかもしれない”とあって、はっとしました。別の方からは、“御守りのような一冊になりました”という言葉もいただいて。ああ、自分はこのためにこれを書いたんだなと思えました」 読めばきっと、新たな気づきを与えてくれるはず。必読です。 『苺飴には毒がある』 高校生の寿美子には陰口好きな幼馴染みがいる。寿美子に対して意地悪な時も優しい時もある彼女に、感情を振り回されていたのだが…。ポプラ社 1870円 すなむら・かいり 2020年、第5回カクヨムWeb小説コンテスト恋愛部門“特別賞”を「炭酸水と犬」「アパートたまゆら」で2作同時受賞し、翌年デビュー。他の著書に『黒蝶貝のピアス』がある。 ※『anan』2023年12月13日号より。写真・中島慶子 インタビュー、文・瀧井朝世 (by anan編集部) https://ananweb.jp/news/520480/ Source: ananweb

  • 2023.09.19

時代に翻弄される、プログラミングの秀才少年2人の物語『ラウリ・クースクを探して』 | ananweb – マガジンハウス

かけがえのない少年2人の友情と、彼らを襲う過酷な運命。宮内悠介さんの新作『ラウリ・クースクを探して』はラストに胸が熱くなる物語だ。 プログラミングの秀才少年2人。時代に翻弄される友情のゆくえ。 「今回はストレートな友情の物語です。私は幼少期にアメリカにいたのですが、書きながら当時の友人の顔を思い浮かべることもありました」 1977年、ソ連占領下のエストニアに生まれたラウリは少年時代からコンピューター・プログラミングの才能を開花させる。モスクワの研究所入所を夢見て進学した学校で出会ったのは、レニングラードから来た秀才少年、イヴァンだ。 宮内さんも小学生の頃からプログラミングに夢中だったという。 「ラウリにモデルはなく、強いて言うなら自分です。彼らがMSXというコンピューターでゲームを作る様子は、自分の体験を重ねています。ただ、自分に近い年齢でも場所が変われば激動の歴史を生きることになってしまうのは不思議な思いです」 彼らが友情を深める様子がキラキラしていて眩しい。しかしソ連が崩壊、二人は離れ離れとなり、ラウリは夢も絶たれる。そして…。 ソ連にも自国にも肩入れできずに心揺れるラウリの心情がリアル。 「彼は何者でもない。誰もが勇敢に一貫した意見を言えるわけでもなく、誰もが正義や答えを出せるわけでもない。簡単な答えなどどこにもない。それでも人間は生きていける。そんな思いを込めました」 本作はエストニア、コンピューターの近現代史としても味わい深い。 「実はこの話の出発点はMSXです。私も小学生の頃使っていました。旧ソ連は輸出規制によって高精度のコンピューターを輸入できず、日本で作られた8ビットの低スペックのMSXを教育用に導入したのです」 エストニアは現在IT先進国としても有名で、その様子も描かれる。 「コンピューターとは人類にとって何なのかという問いを含ませました。現在のエストニアの姿は、未来の私たちの姿かもしれません」 ところで、作中ラウリが同級生たちのために教本を作る場面が印象的。 「私もアメリカの小学校に通っていた頃、授業で周りが分数の概念を理解できずにいたので、『ユウスケの分数の本』を作ったことがあります。好評で学校の図書館に一部寄贈されました。それが私の一つの成功体験になっています(笑)」 『ラウリ・クースクを探して』 幼少期にプログラミングの才能を開花させたものの、歴史に翻弄され、現在消息不明のラウリ・クースク。彼のたどった人生とは。朝日新聞出版 1760円 みやうち・ゆうすけ 2012年、単行本デビュー作『盤上の夜』で日本SF大賞、’17年『彼女がエスパーだったころ』で吉川英治文学新人賞、『カブールの園』で三島由紀夫賞受賞。ほか受賞作多数。 ※『anan』2023年9月20日号より。写真・土佐麻理子(宮内さん) 中島慶子(本) インタビュー、文・瀧井朝世 (by anan編集部) https://ananweb.jp/news/505425/ Source: ananweb